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2005年05月18日:中原中也と高円寺

今からちょうど80年前。1925年5月、中原中也は府下杉並町高円寺二四九(現在のルック商店街桃園側右手付近)に1年前より同棲していた3歳年上の長谷川泰子とともにやってきました。その転居のきっかけとなったのは一月前に出会い、生涯の親友となる小林秀雄でした。しかし、この小林秀雄との出会いは、泰子との別れのきかっけともなってしまいます。

高円寺へ引っ越してから2ヶ月後、中也の留守中に訪ねてきた小林と話をした泰子は次第に小林に引かれ、数ヶ月後小林秀雄のもとへ去ってしまったのです。泰子が中也のもとを去る時「私は小林さんのところへ行く」というと中也は顔もみず「ふーん」と一言を発しただけだといいます。

その後、泰子が別の人のこどもを生んだ時、中也はその名付け親になり、また、1937年10月22日結核脳腫瘍でこの世を去る前、詩集『在りし日の歌』の編集、清書を小林秀雄に託しています。僅か30年という人生の中で、中也が過ごした高円寺での1年は中也の心にどんな影響を与えたのでしょうか。

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