Colomn 7 今の高円寺を生きる人
座・高円寺支配人 桑谷哲男さん
■桑谷哲男さん<第1部>
杉並区立杉並芸術会館『座・高円寺』支配人
座・高円寺HP:http://za-koenji.jp/
桑谷さんが『座・高円寺』の支配人をされることになった、そのきっかけはなんだったんでしょう?
40年くらい前かなあ。60年代に自由劇場というのがあって、照明スタッフとして働いていたんです。
そこに今『座・高円寺』で芸術監督をしている佐藤信さんや、同じく館長の斎藤憐さんがいた。
その繋がりで誘われたことがきっかけです。
そうした古い仲間たちと新しい劇場を作るということで、大変感慨深かったのではないでしょうか。
はい、まさにその通りで、実は自由劇場を離れてからは、いろいろな所で会うことはあっても、仕事として関わることが無かったものですから、そうした思いはあります。それに、40年前から今までずっと胸に持ち続けてきた自由劇場の理念を現実化できる場所ができたということがうれしかった。
自由劇場の理念とはどういったものだったんでしょう?
理念は4つありました。
「拠点を持つということ」「移動劇場(テント)」「壁面アート(アジビラやポスター)」「教育と出版」です。活動の軸となる場所があり、その活動を広く知らしめ、理解者や活動を共にする仲間を増やすということをやってきました。地方公演も多かったので、私たちの活動をわかりやすく伝える必要もあったんです。
今、『座・高円寺』ではフリーペーパーを発行しています。このフリーペーパーでは地元の結びつきを重要視しています。これからは「地域と劇場との結びつき」が大事になるということは以前から言われていたんですが、それを実践しているところです。
「地域と劇場との結びつき」が重要というのは、劇場によるものでしょうか。それとも時代の空気のようなものでしょうか。
圧倒的に時代の空気、流れによるものが大きいですね。
私が自由劇場から「長野県民文化会館」に移ったときには「ハコモノの時代」と言われていましたし、「世田谷パブリックシアター」(舞台技術のチーフ)の時には「ソフトの時代」で、そのためには「多目的ではなく、専用の劇場が無ければいけないんだ」と言われており、館内に稽古場などもありました。その後「岐阜県可児市文化創造センター」(館長)の頃には市民参加の時代になってきました。
「劇場が活性化するためには市民の参加が必要」ということで、劇場側から外に出てアプローチするアウトリーチを積極的におこなってきました。そして今、「地域と劇場」という時代になり、地域と密着することが求められるようになったのです。
劇場と地域も一緒に活性化するために、地域に根付いた劇場作りをしなければいけないんですね。
『座・高円寺』で行っている「阿波おどりホール」や、子どもたちに向けた「絵本の読み聞かせ・ワークショップ」などもその一環ですね。
そうです。
「地域と劇場が共同で活性化していく」という思いで取り組んでいく中で、
今現在は、桑谷さんの思った通りの活動になっていますか?
それがね、想定外になってる(笑)
取材日:2010年5月9日
<第2部>へつづく
座・高円寺支配人 桑谷哲男さん(2)
■桑谷哲男さん<第2部>
杉並区立杉並芸術会館『座・高円寺』支配人
想定外になっている点とは?
それは、公の施設を民間が管理できるという指定管理者という制度があるのですが、『座・高円寺』の指定管理者を、杉並区が3年も前に決めたことです。
普通は劇場ができてから指定管理者を決めることが多いんですね。
はい。全国的にみても劇場ができる前に指定管理者を決めたというのはおそらく初めてなのではないかと思います。その3年間を準備期間として行政へのプレゼン、意見交換、地域に対する取り組みが出来ました。
これが想定外にうまくいったことです。
中でも一番すごかったのは、今までどこの劇場でも実践できなかった「地域と劇場の繋がり」ができたことですね。
具体的にはどういったことでしょうか。
地域の方が何ができるか、劇場が何ができるかを、リサーチしたり、アドバイスをもらったり、いろんな商店街や自治体の会議に参加してたくさん話し合えたんです。これは本当によかったですね。
準備期間の3年間で、地域の方からのアイデアで形になったものはありますか。
たくさんの会議を重ねていく中で、“『座・高円寺』を応援してやろう”ということから、地域協議会というものができました。いろいろな年齢層、職業の方が80名くらいです。
80名とはすごいですね。
看板のことや、ホームページのこと、飾りなど、いろんなことにアドバイスをいただいたんですが、そんな中で、「なにかフェスティバルをやりたいね」という流れがあり、そこから大道芸の話が出てきました。
そうだったんですね。
それなら春夏秋冬でそれぞれなにかやろう、と盛り上がり「春の大道芸」、「夏の阿波おどり」、「秋の高円寺フェス」、「冬の演芸祭」をやろうと。
ということは、大道芸を含めていろいろなイベントは前々から準備計画がされていたということですか。
僕たちが計画したということではないんです。僕たちは「こんなのもいいよね」と話していただけなんですが、それをみなさんが手を挙げて形にしていかれたんです。
でも、このお祭りは、「地域の方もお金を出し、劇場も場所を提供してお金も出す」という形を取っています。
お互いが責任を持った共同作業。対等の立場で祭りをするからすごく盛り上がるんです。
だから、「自分たちで企画してお金を出して、こんなに街の方が喜んで、こんなにいいものはない」って、みんなが思っているんです。
「自分たちで作っていく」だと全然違いますよね。
行政が主導するのでも、劇場だけでやるのでも難しい。
劇場を飛び出して街の人と一緒にやることが大事なんです。
その意味でも地域に密着できた3年間は大きかったですね。
はい。
以前、「『座・高円寺』ができて高円寺は変わったよ」と言われたことがあったのですが、それはもう、本当にうれしかったですね。
私も、高円寺のイベントがここ最近になって一気に増えたと実感しています。
(笑)高円寺の人に感じる前向きさも大きな要素ですね。これは他の地域にはない特色だと思います。
また、先ほどの4つ(「春の大道芸」「夏の阿波おどり」「秋の高円寺フェス」「冬の演芸祭」)に「杉並演劇祭」を含めた5つのお祭りを杉並ではやっていますが、これができたのは行政のバックアップもあったからですね。すごくありがたかったです。
取材日:2010年5月9日
<第3部>へつづく
座・高円寺支配人 桑谷哲男さん(3)

■桑谷哲男さん<第3部>
杉並区立杉並芸術会館『座・高円寺』支配人
『座・高円寺』には若い方を育てる『劇場創造アカデミー』もありますね。
劇場をつくる「人」を見つけ、育て、送りだすためのアカデミーですね。
僕らの時代にも自由劇場が若い役者を育ててくれたし、佐藤B作、柄本明、高田純次、ベンガルもみんなそこの研究生だった。それを振り返ると人を育てる事はやっていくべきだと考えたんです。
『劇場創造アカデミー』に来られるのは、高校を出たくらいの方が中心なのでしょうか。
いろいろな人がいますよ。
劇団を主宰しているような人もいますし、これからやりたいと考えている人、「これまで自己流でやってきて、再教育を受けてみたい」という人など、様々です。
なによりここのアカデミーがいいのは、劇場があることで実践ができることです。
机上の勉強だけではないということですね。
そうです。
体を使って匂いを、そして空気を体感するということが、役者にとって一番重要なことだと思います。ここから生徒たちが巣立っていければ、きっと将来は明るくなるんじゃないかなと期待しているところです。
『座・高円寺』の活動は本当に幅広いですよね。
まったく(笑)。
現代劇の資料の収集・保存を行う『演劇資料室』もやっていますしね。
次になにか企画していることを教えていただけますか。
そうですね。
渡辺美佐子さん主演、井上ひさしさん脚本の作品『化粧』の次のレパートリー作品を作っていくことも楽しみだし、子どもたちのための公演『旅とあいつとお姫さま』では杉並区の小学4年生全員を招待する予定です。
杉並区の小学4年生全員ですか?ものすごい人数になりませんか。
4000人くらいかな(笑)。
劇場に来て芝居を見てもらうのが楽しみです。
これも杉並区の協力があってのことで、画期的なことですね。
子どもを持つ親世代や、これから子どもを生もうとする方たちが杉並区に住むきっかけになるかもしれませんね。
やっぱり健全で元気な街、にぎやかな街には人が集まりますよね。
そうして、たくさんの人を巻き込んでいきたいと思うんです。
家族の食事中に、野球やテレビの話だけでなく、
芝居の話が親子でできたらすばらしいと思いませんか?
そんな話ができるお父さんってのもかっこいいですよね。
会話の幅も広がります。
大人は子どもの肉体的な健康状態と同じように、
心の栄養状態を気にしてほしいと思うんです。
芝居も、絵の展示会も、音楽コンサートも、どんどん体験させてほしいですね。
ソフトの充実ということですね。
そうそう。心の栄養補給をね。ぜひ劇場にも親子で足を運んでくだされば。
劇場は敷居があるように感じている方もいるのですが、
下駄履きで買い物の帰りにでもふらっと寄ってもらってもいいところなんですよ。
私たちも、地域の人に喜んでもらえるような、そんな劇場作りをしていくつもりです。
取材日:2010年5月9日
高円寺びっくり大道芸実行委員長 由井営太郎さん
■由井営太郎さん
高円寺びっくり大道芸実行委員長
高円寺びっくり大道芸HP:http://www.koenji-daidogei.com/
今年2010年の『高円寺びっくり大道芸』にも、たくさんの人出もあり大成功でしたね。
ありがとうございます。
今年から改装された北口駅前広場も使えるようになり、メイン会場として使わせてもらいました。
あれだけの人出がある中で、広場前の歩道が混雑するようなこともなく、ホッとしましたね。
確かに、ボランティアの方の誘導もあって大変流れがスムーズだったのが印象的です。ところで、そもそも『高円寺びっくり大道芸』の発案の元になったのはなんだったのでしょうか。
もう11年も前に遡るのですが、「『高円寺阿波踊り』であづま通り商店会でなにかできないか」と考えたことですね。
商店街がさびれてお金もなかったので、「お金のかからないイベントをやろう」と。ピーターフランクルさんとのご縁もあって、東大ジャグリング部の方を中心に出演してもらい、大道芸イベントを始めたんです。
『高円寺阿波踊り』での『あづま通り大道芸』から、
『高円寺びっくり大道芸』になった経緯について教えてください。
昨年、劇場『座・高円寺』ができましたが、「街を盛り上げて、劇場を応援したい」と思ったんです。地元が盛り上がらないと、劇場も盛り上がりませんからね。
おかげさまでプロの大道芸人に多数出演いただいた『第1回高円寺びっくり大道芸』は大変評判もよく、継続開催が決まったというわけです。『座・高円寺』も、より認知されるようになっています。
ゴールデンウィークに開催されている『高円寺びっくり大道芸』ですが、今年はいつころから準備されたのでしょうか。
半年くらい前からですね。
高円寺の10商店会が構成員となって、日にち、予算などを決めていきます。
これだけのイベントになると、その準備にも苦労されることが多いのではないでしょうか。
それが全然苦にならないんです(笑)。
杉並区も、警察も消防もみんな協力的だから、楽しいんですよ。
“みんなで盛り上げる”という意識をみなさんがしっかり持っているんです。
当日はボランティアの方もたくさん見かけました。
ボランティアさんの力は本当に大きいですね。学生さんをはじめ、勤めている方まで、150人も集まってくれたんです!高円寺という地域性を強く感じましたね。
高円寺だからこれだけたくさんのボランティアさんが協力してくれるし、大道芸を見に来てくれるお客さんも心底ノってくれる。本当にイベントのやり甲斐がある街です。
まったく同感です。それでは最後に、『高円寺びっくり大道芸』の今後の展望をお聞かせください。
2009年、2010年と2回やってみて、特に混乱もなく終えられたことに今はホッとしています。
そうした安全面にもしっかり目を配りながら、もっともっと楽しんでもらえるイベントにして、ゆくゆくは夏の『高円寺阿波踊り』と並べて覚えてもらえるように大きく育てていきたいですね。
取材日:2010年5月9日









